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東京高等裁判所 昭和50年(ネ)1675号 判決 1978年10月30日

控訴人兼附帯被控訴人(以下控訴人という)

右代表者法務大臣

瀬戸山三男

右指定代理人

中島尚志外四名

被控訴人兼附帯控訴人(以下被控訴人という)

財団法人 新潟血液銀行

右代表者理事

吉田清

右訴訟代理人

高橋勝

外一名

主文

原判決中控訴人敗訴の部分を取消す。

被控訴人の請求及び附帯控訴を棄却する。

訴訟費用は第一、第二審とも被控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

一請求原因(一)、(二)の事実は、当事者間に争いがない。

二同(三)の事実のうち採血業の許可申請に対する厚生省係官による審査が従来は書面審査が原則で、実地調査は例外であつたこと、本件許可が控訴人主張の条件を付して申請後八一四日(二年三箇月近く)を経てなされたこと、許可事務を所掌したのが厚生省薬務局細菌製剤課の職員であることは当事者間に争いがない。

<証拠>によれば、厚生大臣の従来の採血業の許可申請から許可までの所要日数は、日赤及び地方公共団体の血液センターについては最短三日、最長四二九日、平均五六日であり、民間血液銀行については最短九六日、最長九一〇日、平約三七六日であつたことが認められるから、この種の申請、しかも民間血液銀行である被控訴人からの申請に対して、許可するか否かを決するのに通常必要とされる期間は、必ずしも被控訴人の主張するように申請後二、三箇月をもつて足りるということはできない。

しかし以上の事実、法四条二項各号の定め、及び弁論の全趣旨によれば、採血業の許可申請に対する調査事項そのものはそれ程複雑多岐にわたるものではないと推認でき、被控訴人がすでに本件既存施設において昭和三一年五月から保存血液の製造及び供給をしていたことは前記のとおり当事者間に争いがなく、このことから考えれば、本件申請の審査は、新規の申請の審査に比較して容易であつたであろうこともまた推認できる。

従つて民間血液銀行の平均審査期間をはるかに超えてなされた本件許可については、そのような長期間を必要とする特別の事情が果してあつたのか否かを検討しなければならない。

三そこで控訴人の主張について検討する。

1  控訴人の反対主張(一)の事実については、当審において付加した部分を除き、当事者間に争いがない。

右の当事者間に争いのない事実及び弁論の全趣旨によれば、「献血の推進について」と題する昭和三九年八月二一日の閣議決定を境として、我国の血液行政は、従来の民間血液銀行を中心とする買血を主体とする現状を前提とするものから、日赤または地方公共団体を中心とする献血推進体制へと大きく転換することになり、厚生省係官はそのための効果的な方策を早急に樹立し、実行することを迫られていたことが認められる。

<証拠>によれば、本件申請に先立ち昭和三九年二月頃に被控訴人が新潟県当局を通じて本件申請に対する厚生省当局の内意を打診した時には、厚生省係官から好意的な返答があつたことが認められる。しかしこれが前記閣議決定以前のことであつたことは明らかである。

右閣議決定後の昭和三九年九月一四日に本件申請が出されたことは前記のとおり当事者間に争いがないが、前掲久保寛証人の証言及びこれにより成立を認めうる甲第四九号証の一によれば、厚生省係官は、昭和四〇年一月九日頃、被控訴人に対し従来の好意的な態度を変え、同一市内に二箇所の採血施設は好ましくないとして計画の再検討を指示したことが認められ、更に、成立に争いのない甲第一三号証の二、第四九号証の二及び前掲久保証言によれば、同四〇年二月頃には厚生省係官は被控訴人に対し本件採血施設と本件既存施設との統合を慫憑したことが認められるのである。

このように厚生省の態度が変わつたのは、原審証人奥村一衛、同本田正の各証言によれば、厚生省としては、一日も早く買血をやめたい、そのためには前記閣議決定のとおり日赤または地方公共団体による献血を推進していき、献血による血液の量が需要をみたすようになり次第買血を廃止したいという考えであつたのであり、被控訴人については、これまで買血を主体として採血を行なつて来たものであるところから、本件採血施設でも右のように買血を行なうのではないかという危惧をいだいていたからであることが認められる。

2  控訴人の反対主張の(二)の事実中、被控訴人の本件申請によると、本件採血施設においては採血は、すべて預血によつて行ない、月間一八万ミリリツトルの採血をしようとするものであつたこと、しかしそれまでに被控訴人が本件既存施設で行なつてきた保存血液製造の原料血液の採取は、昭和三八年はその96.7パーセント、同三九年はその92.2パーセントを買血にたよつていたこと、被控訴人方での本件申請前一年間の預血量は月平約二万〇〇一六ミリリツトルに過ぎなかつたこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

成立に争いのない甲第六号八号証によれば、被控訴人方における血液採取量のうち買血の占める割合は、その後昭和四〇年、四一年においても依然高く(同号証には昭和四〇年一月ないし九月は買血が全く行なわれておらず、全部預血によつたものの如く記載されている結果同号証による昭和四〇年度の買血の割合は22.6%と低率となつているが右乙第八号証(新潟血液銀行における「保存血液製造状況年年次推移」と題する表)は、被控訴人から厚生大臣に対して提出された採血業者報告書によりこれを集計したものであるが、その前後における買血の占める割合から考えても、また成立に争いのない甲第六号証(被控訴人作成の「献血、預血の状況」と題する書面)の記載から考えても右昭和四〇年一月から九月までの記載は報告書の記載誤りによるもので、乙第八号証の(注)記載のとおり事実に反するものと認めるのが相当である)、昭和四一年三月の一箇月間における被控訴人の保存血液製造量は、供血者数一、〇二四人、製造量三四万六、〇〇〇ミリリツトルのうち買血によるものは供血者数七六四人、製造量二九万二、八〇〇ミリリツトル、その全体に対する比率は84.6パーセントであり、これに対して預血によるものが供血者数二六〇人、製造量五万三、二〇〇ミリリツトル、その全体に対する比率15.4パーセントであつたこと、昭和四一年四月から一一月までは、買血が約六〇パーセント、預血が約四〇パーセントであり、同年一二月に至つて初めて買血が44.3パーセント、預血が55.7パーセントとなり、ようやく預血の占める割合の方が多くなるが、それでも預血による保存血液製造量は一〇万八、〇〇〇ミリリツトルで、被控訴人の予定する月間一八万ミリリツトルに程遠いものであつたことが認められる。

そして、法四条二項二号によれば、厚生大臣は、採血業の許可申請があつた場合において、申請者が採取しようとする血液(本件では被控訴人が預血をもつて「採取しようとする血液」としていたことは前記のとおりである)の供給源となる地域において、その者が必要とする量の血液の供給を受けることが著しく困難であると認めるときには、許可を与えないことができるところ、前記認定の事実によれば昭和四一年一二月までは被控訴人の必要とする量(月間一八万ミリリツトル)の血液の預血を受けることは著しく困難であると認めるのが相当であるから、厚生大臣が右のとおり認めて昭和四一年一二月七日まで条件付でも許可をしなかつたことに違法はないといわなければならない。(なお前掲久保証言によれば被控訴人は右許可により本件採血施設を開設し採血業務を行つていたところ、昭和四四年中に右業務を廃止したが、その理由は出張所における預血、献血が所期の量に達せず、右業務を継続することが不可能になつたためである事実が認められるから、控訴人が右のとおり認めたことは決して杞憂でなかつたことが、その後の事実によつて証明されたものというべきである。この点について同証人は、右のごとく献血預血が所期の量に達しなかつたことは厚生大臣が移動採血自動車による採血を被控訴人に対して許可しなかつたためであると証言するが、かかる証言は被控訴人の計画の杜撰さを反省せず、責任を厚生大臣に転嫁するものに外ならない。)

四被控訴人は、もし厚生省係官において本件申請が法四条二項各号の一に該当すると認めたならば、速やかに却下すべきであつた旨主張する。

しかし<証拠>によれば、被控訴人は、本件申請当時新潟県における唯一の保存血液製造者であり、県内需要量の約三〇パーセントを製造していたもので、質的にも厚生省が国立予防衛生研究所に依頼していた昭和三八年中及び同三九年中の各検査の結果によれば全国的に見て上位の良質な保存血液を製造していて、県当局の信頼も厚かつたこと、当時県ではその需要量の約七〇パーセントを県外産の製品に依存していたが右製品による血清肝炎の発生等の弊害の防止と年々増加する需要に即応する地域需給態勢を確立するため昭和三八年頃から県内における採血施設の増設を検討し、県内需要見込量の八〇パーセントを県民の献血及び預血により確保することを目標とし、その方法として、日赤県支部に移動採血自動車及び血液センターを設置し、当時国で検討中であつたオープン採血制度が採用されればその設置をも予定してその三二パーセントに相当する四、八〇〇リツトルを確保し、また被控訴人によつて本件既存施設及び本件採血施設の双方でその四八パーセントに相当する七、二〇〇リツトルを確保することを目標とする計画をたてたこと、本件申請は県の指導と支援を受け、県の右血液行政計画の一環に組込まれていたことが認められる。

厚生省としては、右のような諸般の事情(本件採血施設設置計画の経緯、前記のとおりこれに対して当初厚生省係官が好意を示したこと、新潟県の血液対策、新潟県議会の議決、県自民党の党議決定、県議会連合委員会における知事の答弁要旨、施設改良旧資金借入計画、北陸ビル預血ルーム賃貸借契約等)を考慮して、世論の非難、反対がないような方法により、そのような時期において、本件採血施設における預血による採血業の許可が与えられる方策を慎重に検討して来たことが、弁論の全趣旨から窺うことができるのであるから厚生大臣が直ちに申請を却下することなく、行政指導により許可できる条件を作るように努力し、そのために未決定の状態が続いたとしても違法ということはできない。

五原審における被控訴人代表者尋問の結果によれば、被控訴人は、本件採血施設における採血業の許可申請には、医薬品製造業の許可申請も一緒にしなければならないという行政指導を受けていることを十分承知の上で、福島県における移動採血車を厚生省では黙認しているのだから、本件許可由請には医薬品製造業許可申請は必要ではないという解釈を当初からとつていて、本件申請書の上では、医薬品製造業許可申請も追つて提出するという形をとつてはいたが、医薬品製造業許可については難かしい行政指導があつたこともあり、そういうものを被控訴人としては全部設備するということを実際問題として最初から計画しておらず、頭初から医薬品製造業許可の申請はしないつもりであつたこと、昭和四〇年六月末に本件採血施設が完成したが、これには最少限度の試験設備と血液の保存施設だけを用意したこと、昭和四一年の六月に被控訴人は、新潟県衛生部の薬事衛生課を通じて医薬品製造業許可申請を出すよう行政指導を受けたが、同課に対して文書で被控訴人は医薬品製造業の許可は希望しない、採血業だけで許可が得られるよう取り計つてもらいたい旨回答したこと、が認められる。

弁論の全趣旨によれば、医薬品製造業許可申請に関する右のような被控訴人の態度もまた本件許可を遅延させる原因となつたことは否定することができないのであり、かかる原因による許可の遅延は、もつともなところであつて、何らこれをもつて違法とするに当らない。

すなわち本件採血業の許可そのものに医薬品製造業の許可は別個のものであるから前者の許可申請に後者の許可申請を併せてしなければならない法的根拠はないが、同一場所において採血行為と血液製造行為を行うのが、従来の業務の通常の形態であつたので、後者の関係で必要となる医薬品製造業の許可申請を同時にさせていたのが法の運用であつたことは<証拠>によつて認められ、右認定を左右するに足りる証拠は存在しないのであるから、右のごとき運用を法的根拠のないものということはできない。もつとも右両行為を同一場所でしなければならないとする法規は存在しないが、どのような業務形態が適当であるかは技術上行政上の観点から行政指導に委されたものと解するのが相当である。もつとも、厚生大臣は、日赤及び地方公共団体に限つて移動採血自動車を認め、当初は同一場所について採血行為と血液製剤製造行為とを切離さず、採血業の許可と医薬品製造業の許可との両者を必要としたが、昭和三九年一〇月三〇日からは医薬品製造業の許可を不要とすることに法の運用を変更したこと、厚生大臣は昭和四〇年四月から特定の日赤等に対し出張採血を認め、これには法五条による指示で足り、前記の両許可を不要とすることに法の運用を変更したこと、更に厚生大臣は、昭和四一年三月から原則として日赤等の血液センターを対象とする採血出張所方式を実施し、これには医薬品製造業の許可を不要として法の運用を変更したこと、以上の事実は当事者間に争いがないが、しかしこれらは、前記閣議決定に基づく、日赤等による献血の推進をはかるためになされた法の運用の変更であつて、買血を依然続けている民間血液銀行に対してこのような運用を期待することができなかつたことは明らかであつたというべきである。

六被控訴人は、以上の認定事実に関して、厚生大臣が日赤および地方公共団体立の血液センターと民間血液銀行(被控訴人をふくむ)との取扱いを異にしたのは、憲法一四条、二二条、二九条に違反する旨主張する。

なるほど被控訴人の製造する保存血液が良質であつたことは前記認定のとおりであるが、一般の民間血液銀行に幾多の問題があつたことは公知の事実であり、これに対する世論を背景に、昭和三九年八月二一日の閣議決定に基づき、厚生大臣は日赤等による献血受入れ体制整備を早急に実現するため各種の方式を採用、推進したことは前認定の経過から明らかであつて、その結果として仮りに被控訴人主張の如き差別が生じたとしても、それはいずれも合理的なものであつて、憲法の右諸条項に違反するものとはいえない。

七そうだとすれば、原判決中被控訴人の請求を一部認容した部分は不当であるからこれを取消し、被控訴人の請求及び付帯控訴をいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(岡松行雄 田中永司 木村輝武)

<別紙、省略>

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